アトリエから見たパリ第4回 パリのタイユールは完全分業社会


コラム4回目、今回はアトリエの中のことを書いてみようと思います。

パリのタイユールは大抵オーナーがカッターである場合が多いため、スーツ作りの核であるカットや仮縫いはオーナー自ら行うことがほとんどです。そしてそれ以外の工程は職人がこなしています。 日本では、『スーツ作りは全て一人が行うもの』と考える方も多くいらっしゃるかと思いますが、ヨーロッパでは基本的に分業制で成り立っています。
以下、工程順にその名称を挙げていきましょう。日本では存在しない名前も多くあります。

  1. COUPEUR(クプール):カッター
  2. ESSAYEUR(エッセイユール):仮縫いをする人
  3. DETACHEUR(デタッシュール):裁断士
  4. APRETEUSE(アプレトゥーズ):芯地・裏地などの裁断士
  5. APIECEUR(アピエスゥール):主に男性で、襟付けまでフィニッシュする職人
  6. FINISSIEUSE(フィニッシューズ):主に女性で、APIECEURと組んで仕事をし、芯地作り、内ポケットから、仕上げの工程であるRabattement(星ステッチ)までこなす職人
  7. BOUTONNIERISTE(ブトニエリスト):主に女性でボタンホール専門の職人。女性にとっての花形
  8. MONTEUR DE MANCHE(モントゥール・ドゥ・モンシュ):袖付け専門の職人で男性にとっての花形
  9. POMPIER(ポンピエ):ポンピエとはフランス語で消防士の事。最終仕上げまで終わり納品直前または納品後に問題があった場合に対応する職人。一般的にはアトリエ内で一番古く腕のいい職人がします。
  10. APIECEUR POUR LA COMMANDE PARTICULIERE;(アピエスゥール プール ラ コモンド パルティキュリエール):SmokingやHabit(エンピ服),Jaquette (モーニングコート),Manteau en vigonge(ビキューナ100%のコート)等の特別注文を専門にこなす職人
  11. GILETIERE(ジレティエール):ジレ=ベスト専門の職人
  12. CULOTTIERE(キュロティエール):パンタロン専門の職人

以上12項目になりましたが、これは最低の数。大きなメゾンになると、さらに細かく分業制になります。例えば型紙のスペシャリストであるPARTONNIER(パトロニエ)、襟付けの専門である、MONTEUR DE COL(モントゥール・ドゥ・コル)などはここには入っていません。
何故、これほど迄に分業制にする必要があるのか? それは、パリのテーラーに注文されるお客様は多くの場合、一人の方が一回に10着、20着と注文されます。その多くの注文数を、同じQUALITE(品質)で、短い納期で納めることを1950年代からずっと求められ続けた結果がこのシステムの確立に至ったからなのです。

スマルトのお客様で、過去に、年間1000着注文し続けた方がいらっしゃいます。某国の国王ですが、これをこの方はご自身が亡くなられるまで40年間注文し続けられました。1000着を40年間です。単純計算で40000着になりますが、日本では考えられない数字ですが本当のことです。しかしメゾンにとってお客様はこの王様一人ではありません。そしてここが大切なことの一つですが、それぞれのお客様にとっては、注文したスーツ全てが同時に納品されてきて欲しいということです。例えば5人の方が皆それぞれ20着づつ注文したとします。合計で100着ですね。個人でやっている小さなテーラーでは、当然すぐにこなせる数ではありません。職人10人程度の中規模のタイユールでさえ、この全てを納期までに仕上げる事は難しいでしょう。そこで一般的な方法としては、各お客様にまずは2,3着づつ納品し、5人の方全てにとりあえず満足して頂くこと。そして残りの17、18着は少しずつ納品していく…。
ところが、Monsieur CAMPS始め彼が育て上げたテーラー達はCAMPS氏が作り上げた先ほど挙げた分業制よりもさらに効率的でかつ質の高いものを作りあげ、その結果5人のお客様すべてに、20着全て揃えて同時に納品する事が出来たのです。
それでいて仕立てのレベルは他のタイユールに比べ遥かに質の高いものを作り続けました。

ELEVE DE CAMPS(エレーヴ・カンプス/カンプスの生徒の意、ムッシュウカンプスが育て上げた偉大なカッター達はメゾンカンプスのことをECOLE CAMPS[ムッシュウカンプスによるトップカッター養成学校]と呼んだことからこの名前がつきました)達は当然ながらパリの中でも常にトップクラスのタイユールとして活躍してきました。彼らにとってみれば、世界中の王家、国家元首達がこぞって注文するMAISON CAMPS で毎日鍛えられていましたので、仕立ての技術、その完成度の高さ、そして速さも、個人でやっているテーラーとは比較にならないものにまで上がっていたのでした。

もともとヨーロッパのタイユール達は物事を合理的に考えますので、仕事の仕方も日本のテーラーとは大きく異なります。たまに日本の仕立屋さんと話す機会があると、『どうして?』と思う事が多々あるのです。例えばそれはカッティングの方法。パリではメゾン毎に自分達のハウススタイルを凝縮したブロックパターンというものを必ず持っています。お客様からの注文が入るとそのすでに作り上げたパターン上に、お客様毎の体型を組み込んでいき、さらに質の高いものを作るという方法です。対して日本ではブロックパターンを用意せず注文後、紙の上にゼロから作図し、同時に体型補正をしていくと聞きます。『ブロックパターンを使って体型補正していくなんてどうなの・・・??』とネガティブに思う方もたくさんいらっしゃるでしょう。ただ、結果的に見ると、この方法で仕立てた方が遥かに少ない仮縫い回数で、美しいスーツを仕立てられるのです。
それは何故か!? 理由は簡単です。人間は一度に考えられることが限られているからです。ゼロからカッティングの学校で学んだように作図し、同時にお客様の体型補正を型紙上に取入れていく事よりも、すでに何十着と研究し、バラし、そして修正し、時間をかけて作り上げた質の高いブロックパターンをベースに、体型補正していったほうが、型紙を作る間、100%お客様の体型補正に集中できるということなのです。そして出来上がった型紙は、時として、既に何十着をバラし作られた完成度の高いベーシックパターンを超えるほどの完成度の高いものが生まれるのです。型紙を作るのも人間。服を仕立てるのも人間です。調子がいいときもあれば悪いときもありますし、毎日同じように100%集中できるものではありません。しかし、日によって、お客様の体型によって上手い、下手がでるようではプロフェッショナルではない。というのが私の考えです。それならば、型紙を作る時間、より集中できるよう、物事をSIMPLIFIER(単純に)しよう。というのがパリのタイユールの考えと言えます。

 


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