アトリエから見たパリ第6回 Vite est Bien!=後編=

July 1st, 2011
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そうして日々フェルナンとの仕事をこなしながら、私は少しの時間をみつけては自分が担当するお客様の仕事をこなしました。最初はいくら速くこなそうと頑張ってみても、フェルナンの仕事が滞ってしまい、「こっちの仕事が遅れるのなら自分のは後回しにしろ」と言われ、結果他のベテラン職人が私の仕事をフィニッシュさせる。ということも多々ありました。就業時間が終わって一人アトリエに残りたくても、夜はアトリエも閉まる為それもできません。その分、朝は早くから出社し、フェルナンとの仕事を準備しておいて自分のをこなすということもしましたが、肝心の仕事のスピードが上がらなければ解決策にはなりません。

自分がしたことは家に帰ってもひたすらポケット作りに明け暮れること。無地の生地で作れるようになれば、ストライプの生地にアタックし、次にチェックの生地を使ってとにかく作り続けました。こうして自身でトレーニングすることで、実際の仕事をこなすときに、無心に、ただひたすら「どうやったら速くなれるか」だけを考えるようになりました。

そうしてポケット作りをマスターすると次の行程である、mise sur toile(芯据え)、garniture montee(見返しつけ)、epaules(肩入れ)、col monte(襟つけ)とapieceurが本来こなす主要の行程に入っていきました。工程数が増えれば増えるほど、フェルナンの仕事と自分の仕事を同時にこなしていくのは難しくなっていきます。あるときは他の老職人の仕事を見て、彼らは何故こんなに速いのか。どこが自分と違うのか。を真剣に考えました。フェルナンとは違う仕立ての仕方でしたが、ベテラン職人から教わることは多く、ヒントをみつけては自分で実践してみました。結果わかったことは“技術は頭で理解するのではなく、身体で覚えるもの。数をとにかくこなしていくことで、指が覚え、身体が覚えていくもの”だということです。それからは腕にはめていた時計を作業台の隅に立て、まるでサーキットのコーナーをどれだけ早く走れるのか。1分1秒を削るレーサーのように仕事をするようになりました。

『どうしたらもっと速く仕事が出来るようになるか、真剣に考えなくてはならない』。マルクからは、point croche(切躾)からcol monte(襟付け)までの全ての工程をそれぞれ何分かかったか、紙に書いて提出するように言われました。結果、どの工程に自分はどれくらい時間をかけているのかが一目瞭然となり、仕事が終わり皆帰って暗くなったアトリエでオーナーのマルクと二人たくさんのことを話しました。彼は若い頃空手のフランス・チャンピオンで、私も10代の頃空手を習っていました。彼は私に何度も言いました。『演舞(デモンストレーション)の空手と実践のものの違いは分かるだろう?今迄君が習って来たのは人に見せる為の演舞なんだ。例えば躾はあとで外すものだろう?だったらこれからは一つ一つの躾を小さくきれいにやる必要はない。大切なのは最終的に出来上がったときのジャケットのあり方であって、途中経過じゃない』

そうして約2年間、常にスピードを追求し続け、結果apieceurの仕事のすべてを自分でこなせるようになりました。一人前の職人になり判ったことは、一つのステップをこなせるようになると、必ず次のステップが見えてくる。自分がここまで出来るようになると、昨日まで考えもしなかったことに気づくようになる。“速く縫うこと”は単純に“速さ”を上げることだけを目標としてるわけではなく、一つ一つの過程で完璧な仕事をしなければならない。速くてもきたない仕事では意味がない。後で余計時間がかかる。タイユールにとって大切な“Vite et Bien”。 “速さ”と“技術”。速さを磨く事は,仕立て技術の視野を広げることでもあるのだと理解しました。ゆっくり自分のペースで縫っていたのでは山の裾野しか見えない。自分を切磋琢磨し、苦しくても“自分はまだまだ上達する”と思い行動することで、気がつかないうちに技術力はどんどん上がっていくということ。自分自身で仕事の段取りをオーガナイズしていくということは、一人前の職人にとって必要不可欠なことを私自身で気づく為にマルクは「速くなれ」と言っていたのだと判りました。

これはおそらく体験した人間にしかわからないのでしょう。言葉や頭で理解しても、それは自分のものには決してならない。自分自身で体験しないと気づけないことなのだと思います。 一人前の職人として働き始めた後は、私も独立した職人として担当したお客様の仕立て仕事をこなしていきました。そうしてパリに来て数年後、ようやく自分用のジャケットをフィニッシュ出来たときの気持ちは感慨深いものがありました。ヴィンテージ・ツイードの生地でシンプルな2釦サイドベンツのジャケットで、仕上げアイロンもほどほどにすぐに着たことを覚えています。作り上げたジャケットの着心地は自分が日本で学んで作ったものとあまりにも異なり衝撃的ですらありました。 なぜこんなにも立体的なのか。生地の重みもあり、ジャケット自体の重量は結構あるはずなのに、着てみると何故こんなにも軽いのか。毛芯を手で作り、真面目に作ったジャケットはこんなにも立体的で素晴らしいのか。今まで自分が日本で見てきたスーツは何だったんだ!と驚いたのを記憶しています。

この写真は自身で仕立てたツイードジャケットを着て、当時アトリエ・チーフだったマリオと一緒に

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